阪急宝塚線のバイパス線(神崎川・曽根線)(未成線)

概要

実質的には宝塚線の複々線化といえる計画で、神崎川~曽根間の新線建設とあわせて神戸線十三~神崎川間と宝塚線曽根~豊中間を複々線化し、宝塚線十三~豊中間の急行線とすることが考えられていた。

しかし1960年代に入ると、阪急は現在の千里線と箕面線を連絡する千里山延長線(千里山~桜井)を整備して宝塚線の混雑緩和を図る方針に変更し、複々線化の計画は実質中止となる。なお千里山延長線は1961年12月に事業免許を取得して1963年8月には千里山~南千里間が開業したが、その先は大阪府の要望を受けて北千里への延伸に変更、また宝塚線の輸送力増強が進んだことや北大阪急行電鉄の開業もあって1972年12月に南千里~桜井間の事業免許が廃止されている。

1970年代には神崎川・曽根線を取り込む形となる空港線(西梅田~十三~伊丹空港~北伊丹)の構想が浮上したことから、建設を再検討することが考えられていたようだが最終的には実現せず、2005年2月に工事施行認可申請を取り下げて軌道特許が失効した。

データ

事業者阪急電鉄
線名神崎川・曽根線
区間・駅(神崎川~曽根)
距離4.0km
種別軌道事業
種類軌道
軌間1435mm
電化方式
単線・複線

手続き年表

1948/04/19軌道事業特許(京阪神急行電鉄)
1951/04/03工事施行認可申請
1973/04/01社名変更(京阪神急行電鉄→阪急電鉄)
2005/02/23工事施行認可申請の取り下げにより特許失効